アイスランドの民話…ギリトルットと農i家の怠け妻

この民話の場所と背景

エイヤフィヤットラスヴェイト地区を流れる氷河川マルカルフリョゥトは、かつては危険極まりなく、障害が多く足を踏み入れることを許さない場所でした。

1933年にエイヴィンダルホルトのファームがある地点の下流に初めて橋が架けられました。この橋は近年になって更に南の別の場所に近代的な橋が架けられたので今ではほとんど利用されていません。新しい橋にとって替わられてからファームから東部とリングロードへの距離は総じて数キロ短縮されました。前方にはエイヤフィヤットラヨークトル氷河の氷冠を頂くエイヤフィヨットル山が横たわり、周辺にはクリフや滝も数多いところです。

山並の西にはファーム・ストゥリ−ダールルがあります。このファームは10世紀の終わりごろには極めて重要な荘園でした。1000年に全島会議アルシンギはヴァイキングの多神教からキリスト教に国教を変える歴史的に重要な決定を下しましたが、反対を唱える多神教派の指導者、ルノゥルブル・ウールブソンの住居だったのです。多神教とキリスト教の対立は建国間もないアイスランドの存続を危うくするほど重要な政治的危機をもたらしました。アルシンギはご承知の通りキリスト教を受け入れキリスト教への改宗を決定することになります。ルノゥルブル自身は、ノルウエーの好戦的な宣教君主オーラフ・トリッグヴァソンに息子を人質に取られたことで、洗礼を受け、キリスト教に改宗しています。その夏、アルシンギからの家路の途中、ルノゥルブルは保有していたすべての異教の偶像を手にし、氷河へ持ち運んだのです。そして氷帽から突き出ている岩に開いていた穴にそれらを置いたのです。以来、この岩は神々の岩、ゴーザステインと呼ばれるようになりました。

エイヤフィヨットル山がある地区の東には赤い山を意味するロイザフェットル山がありますがヴァイキングの定住時代に“阿保の”フラプンがここに居住していました。“賢人”サイムンドゥルの先祖に当る男です。サイムンドゥルは民話の中で半伝説的なステータスを得ている男です。

アイスランドで最も愛読されている民話のひとつに、ファーム・ロイザフェットルで起きたと見られる出来事について語られているものがあります。ギリトルットという名の女性についてのお話です。彼女はトロール(洞穴に住む悪い巨人)の女房とも、妖精とも云われています。ファーム・ロイザフェットルの農家の上手には小さな丘がありますが、アゥルフホゥットル(妖精の丘)として知られ、ギリトルットが住んでいた家だと想定されています。

昔々、エイヤフィヨットル山の東の麓にひとりの大変働き者の農夫が住んでいました。最近、彼は若い女性と結婚したのですが、この女性は不精のうえ怠惰で、いっこうに働こうとしませんでした。農夫はこれが不満でしたが、それに対して何も云えないでどうする事もできなかったのです。

秋になって、農夫は大量の羊毛を持ってきて、妻にそれを編みこんで生地にするように頼んだのです。彼女は気乗りがせず、冬が過ぎていくのに羊毛に触れようともしなかったのです。

ある日のこと、ひとりの大柄の女が農夫の妻のもとにやって来て頼み事をしたのです。農夫の妻はお返しに彼女に何かしてくれるかどうかとこの女に訊いたのです。何をしたらいいのかと訊かれると農夫の妻は羊毛を編んで生地にして欲しいと答えました。女が承諾したので、農夫の妻は羊毛が入った大きな布袋を女に手渡しました。女は布袋を背中に背負っていいました。「夏の最初の日に生地にして戻します。」

「で、私はあなたに何をしてあげたらいいのでしょう?」と農夫の妻が問うと、女は「大したことではありません」と云って、「3回で私の名前を言い当ててください。それでおあいことにしましょう」。

農夫の妻がこの条件を呑むと、女は羊毛を手にして立ち去って行きました。冬が過ぎ、農夫は何度か妻に羊毛はどこにあるのか問いただしました。妻はそれはあなたの心配する事ではない、夏の最初の日になれば生地となってあなたの手元に戻ってきます、と答えたのです。

時が経って、冬が終わる頃になって農夫の妻はあの女の名前を考え始めました。けれども彼女はそれを見つけ出す方法が思いつかなかったので、憂鬱な気分になっていました。妻が落ち込んでいることに気づいた農夫は彼女に近寄りどうかしたのかと訊きました。すると彼女は起きたすべてのことを農夫に話したのです。びっくりして聞いていた農夫はその女は恐らくトロールの妻で、約束が守られなかったら女は妻を連れ去るだろうと云ったのです。

何日か経ったある日、農夫は山腹の下を歩いて石質の小さな丘にやってきました。農夫は丘の中から何やらとんとん叩く音を耳にし、もっと近づいてみると、ついには岩の割れ目を見つけ、隙間から中に大きな女が座っているのを見たのです。彼女は歌いながら両足の間に挟んだ織機で羊毛を精力的に編んでいるところでした。

ハイホー、 ハイホー

農夫の妻は私の名前がわからない。

ギリトルットが私の名前、私の名前はギリトルット

ハイホー、 ハイホー

農夫はこれを聞いて元気が出ました。彼はこの女が昨秋に彼の妻が出会った女だと確信したからです。農夫はいい機嫌で家に戻り、紙にギリトルットという名前を書き留めました。しかしながら、自分が目にし、聞いたことを妻には話しませんでした。

さらに時が経て、とうとう冬の最後の日がやって来ました。今ではもう農夫の妻はベッドから出る事ができないほどとても取り乱し気が狂わんばかりの錯乱状態になっていたのです。農夫は妻に近づいてあの女の名前がわかったかどうか訊ねると、「分からない、もうこの世の終わりよ」と云うのです。そこで農夫は妻を慰め、起こったすべてを話し、名前を記した1枚の紙を彼女に渡しました。妻は恐怖にわなわな震えながらそれを受け取りました。名前が間違っているかも知れないと思ったからです。妻は夫にあの女がやってきたら一緒にいて欲しいと懇願しましたが夫は自分独りで羊毛についての約束事をしたのだから自分自ら対応すべきだと云ってそれを拒んだのです。

夏の最初の日の朝、農夫の妻は独りでベッドに横になっていました。家の中には彼女の他は誰もいませんでした。その時、彼女は大きな騒音とどしんドシンと響き渡る足音を聞いたのです。大きな女が親しげに遠くからあたりを探りながら家に中に入ってきたのです。女は羊毛の生地の大きな巻物を背中から降ろしながら「それで、私の名前は? 私の名前は何と云うの?」と尋ねたのです。農夫の妻は死ぬほど恐ろしかったが、「アゥサ」とどもりながら口にしました。女が「もう1回、もう1回言い当ててみて」というので、「あなたの名はシグニーでしょう?」と答えると女は「残り1回、残り1回だよ、奥さん」と云うのです。それで農夫の妻は勇気を奮い起こして訊いたのです;私はあなたの名前はギリトルットだとは思わないけどどう? すると女は唖然とし、大きな音をたてて床に卒倒してしまいました。女は跳ね上がると大急ぎで外に飛び出して行きました。そしてその後二度とその姿は見られなくなったのです。農夫の妻は得体の知れないものから逃れた事をたいそう喜んで、自分の生き様を完全に変えるようになったのです。彼女は一生懸命に働く、勤勉な農家の奥さんに生まれ変わったのです。もちろん、その後は自分で羊毛を編んでいると云うことです。


Revised:05/10/05