アイスランドの民話…ソルヴェイグとオッドゥル牧師

この民話の場所と背景

西北アイスランドのヴァトンススカルズ峠越えに東に向かい、歴史が染みこんだスカガフィヨルズゥルに至る一帯は印象的で美しい光景が広がっています。その中でも、アイスランド系カナダ人でロッキー山脈の詩人と称せられたステファンG.ステファンの記念碑が立っているアルトナルスターピは絶好のヴューポイントとなっています。アルトナルスターピはヴァトンスカルズ峠(Vatnsskarð)の端のリングロード傍にある丘。スカガフィヨルズゥルのほぼ全域の眺望が楽しめます。左手のかなたにはスカガフィヨルズゥル・フィヨルドのレイキャストロンド沿岸に印象的に聳える標高989mのティンダストゥトル山やフィヨルドに浮かぶドラングエイなどの島々、一方右手には標高1138mの輪郭がはっきりした端正な山マイリフェットルスフニュークルが空高く聳えています。東手真直ぐ前方には、1000m超の山々が連なる、勇壮なブロンドゥフリーザルフィヨットル連峰が横たっています。ヒェラズスヴォトン川まで西に広がるこれらの山々の下の地域は川の流域の東側の斜面となっている、肥沃な一帯で、比較的人口密度が高いところでブロンズフリーズと呼ばれる農山村部です。このコミュ二テイの中を走っているリングロードの近くには、牧師館とその教会がある荘園ミクリバイルMiklibæ)があります。アイスランドの歴史上で有名なところで、牧師館とその教会は何世紀も続き、サガ書にも登場し、昔から様々な演劇の舞台ともなっています。ミクリバイルの教会の墓地には民族詩人、ボゥラのヒヤゥルマール(1796−1875)の墓があって記念碑が立っています。歴史的に、ミクリバイルは、流血のストゥルトゥル時代の惨忍極まる流血衝突のひとつ、13世紀のファーム・オルリグススタジルの戦いに代表されるような大きな出来事に深く関わっています。更には、15世紀には、牧師シグムンドゥル・ステインソゥルスソンがホゥラルの司祭との争議が持ち上がった際にミクリバイルに攻撃を加えています。こうした歴史的な出来事もミクリバイルを語るときに重要な要素ですが、この荘園を最も有名にしているのが1778年に自らの命を絶ったソルヴェィーグと云う名前の不幸な娘と1786年突然行方が知れなくなった牧師オッドゥル・ギースラソンについての18世紀の民話です。

グロインバイルにはソルヴェィーグという名の女性の墓標があります。この女性は牧師のメイドとして仕えていたが牧師に恋をしました。ところが牧師に拒否されて気が狂い最後には首を切って自殺したのです。この後、彼女は幽霊となって牧師が出かけるところに出没するようになり、1786年のある時隣のファームに向かった牧師はそれっきり姿が見えなくなりますが、ソルヴェィーグのせいだと伝えられています。彼女の亡骸が1937年に教会付属の墓地で発見されています。こんな話もドラマ化されています。 ミクリバイルから10kmほど東に進むと今度は左手に教会が見えてきます。教会所属のファームがあるシルフラスタジル(Silfrastaðir)ですがここにも幽霊の話が残ります。

 

 

                                                                     ソルヴェィーグと云う名前の娘がミクリバイルの牧師オッドゥル・ギースラソンの家政婦として雇われました。この娘は

牧師のメイドとして仕えていたのですが牧師に恋をしてしまい、彼と結婚したいと願い始めたのです。ところが牧師に拒否されて気が狂い自殺しようとします。それで家族たちは彼女を見張ることになるのですが、特にフーサフェットルの牧師スノーリの妹は(名前はグズロイグ・ビヨルトンスドゥティルと云うのですが)、彼女を夜も寝ないで見張り続けました。しかし、ある日のたそがれ時、ソルヴェィーグは警戒をくぐりぬけ、敷地内の廃墟のなかに抜け出したのです。牧師に雇われている農業従事者のソルステインが彼女を追いかけたのですが、彼女はとてもすばしこくて、ソルステインが彼女に追いつく前に、ソルヴェィーグは自分でのどを切って自殺を図ったのです。のどから血が滴るソルヴェィーグの姿を見たときソルステインは「悪魔がソルヴェィーグに宿った」と叫んだほど壮絶な自殺でした。ソルステインはソルヴェィーグが何かぶつぶつとを云っているのが聞こえました。ソルステインにはこれは牧師へのメッセージで、牧師が教会の墓地にソルヴェィーグの亡骸を埋葬することを許すべきだと云っているように理解しました。これらの言葉を吐いた後、ソルヴェィーグは息を引き取ったのです。

ソルステインは何が起こったのか家の者のみんなに話し、霊場たる教会の墓場に亡骸を埋葬することを求めるソルヴェィーグからのメッセージを牧師に伝えました。牧師は許可を得るために上層部に申請をしたのですが、受け入れてもらえません。自分で自分の生命を絶ったことの罪がその理由でした。牧師がこの願いを拒否された次ぎの日の夜、牧師は夢を見ました。ソルヴェィーグが彼のもとにやって来て、顔面に怒りを表しながら「あなたが霊場に私を埋葬することを許さないので、あなたもそこに埋葬されることはないでしょう」と云ったという内容の夢です。この後、ソルヴェィーグはお葬式も執り行われることなく教会の墓地の外側に埋葬されました。埋葬後ほどなくして、ソルヴェィーグは牧師オッドゥルが独りで出かけると彼の周りに出没し始めるようになります。牧師が馬に乗ってシルヴラスタジルにある教会に出かけるときはもちろん、それ以外のどこに出かけるときも付き回るのです。そしてこのことはこの地方の人々に広く知れ渡ることになって、牧師が独りで遅い時間に出かけるときは誰もが牧師に付き添って護衛するようになりました。

ある日、牧師オッドゥルは馬に乗ってシルヴラスタジルにある教会に出かけましたが、彼はこの日夜になっても戻っては来ませんでした。それでも彼の家族はまだ心配することはありませんでした。牧師の帰りが遅くなった場合にはいつも誰かが付き添っていたからです。牧師に誰かが付き添うのはミクリバイルに限ってのことでした。そこで牧師は自分の同行者に向かって自分は安全に家に戻れるのでこれ以上同行する必要はないと伝え、彼らは別れたのです。その晩、ミクリバイルの家族のみんなはドアの外側を誰かが叩いているのを聞きました。しかし、ドアを叩くノックの音が異様に感じたので応答することはしませんでした。それから彼らは誰かが急いで屋根裏の居間に登って来る音を耳にしました。しかし、そこに居合わせたひとは、あたかも誰かが自分の両脚を引っ張っているかのように力ずくで引き降ろされたのです。その晩遅くなって外を見た家人は牧師の馬が、ファームハウスの外にいるのを見つけました。馬の鞍には牧師の手袋と鞭がねじ込まれるように収められていました。家の者たちはとてもおろおろし不安を募らせたのです。と云うのも、彼らは牧師は家に戻って来たのだがそれっきり跡形もなく姿が見えなくなったことがはっきりしたからです。家の者たちは、牧師が立ち寄った可能性があるファームからファームへと牧師の安否を尋ね歩きながら牧師を捜し始めました。そして、その夜、彼がミクリバイルの本拠地にいる間は誰かが牧師に同行していたことがわかったが、牧師はそれ以上は同行者が要らないと云ったとの情報を得るのです。この後、捜索隊が編成され、何日にも亘って継続的に捜索が行われたものの彼を見つけることはできませんでした。遂には捜索は断念されることになりましたが、一般的な見解としてはソルヴェィーグが、自分の墓ののなかに牧師オッドゥルを引き込み入れることによって、牧師も教会の墓地に埋葬されることはないことを裏付けるべく、彼女の脅しを計画通り成し遂げたものとされています。それでも、彼女のお墓がその内部を見るために開けられることは決してありませんでした。

これがソルヴェィーグと牧師オッドゥル・ギースラソンについての民話です。この話以外にも行方不明になった牧師について伝える民話が幾つか残っています。実際には牧師オッドゥルの遺体は発見されており、密かに埋葬されていると伝えられています。埋葬されているところはおそらくヒィエーラズスダールル渓谷の中で、そこには往時、教会の墓地がありました。しかし、このことが証明されることはなく、牧師オッドゥルの失踪は常に大きな謎として関心を持たれ続けてきたのです。


Revised:05/11/21