ツーリスト・スポット徹底ガイド

   

西アイスランド

  WEST ICELAND   VESTURLAND

ボルガ ルフィヨルズゥル地帯(BORGARFJÖÐUR)  スナイフェルスネース半島(SNÆFELLSNES)  

 

★アウトライン 
 地形の変化に富む西部地域は、クヴァールフィヨルズル・フィヨルドから南のフーナフロゥイ湾まで広がっている。
ボルガルフィヨルズルの美しくうねる渓谷は山や氷河に囲まれ、アイスランド一と言われるサーモンリバーで釣りも楽しめる。
 他にも
古典サガの作家と同時に学者であるSnorri Sturluson”が住んでいたことで歴史上名高いレイクホルトや、巨大なスルスヘトリルやヴィーズゲルミールといった洞窟も見られる。スナイフェルスネス半島には優雅で荘厳な趣のあるスナイフェルスヨークトル氷河があり、ジュール・ベルヌの小説「地底旅行」の仮想の入口として有名。神秘的な雰囲気の氷河でヴァイキングの時代からUFOが出る話が伝わり、1993年には世界初の「国際UFO会議」の場所の一つになった。
ブレイザフィヨルズル湾に浮かぶ島の多くには珍しい岩石層や様々な鳥の営巣地があり、訪れる者を飽きさせない。湾内の島の一つ、フラトエイ島へはステイッキスホゥルムゥルからかブリャウンスライクルからフェリーで 渡ることができる。ブレイザフィヨルズルの北にはレイクホゥラルがあり、そこでよく採れる海藻は地熱を利用してウィードミールに加工されている。

西アイスランドはサガにまつわる歴史的に知られるサイトも数多い。⇒「西アイスランドの歴史早分かり

 

★天然のソーダ水が湧き出る泉

スナイフェルネース半島には奇妙とも思える不思議な現象に出会える。そのひとつが天然のソーダ水が湧き出る泉で半島の何箇所かで見られる。中でもサガ・ファームとして知られるスタザルスタジルの直ぐ近く、半島の南部を走る54号線沿いにあるファーム、オルケルダ(Ölkelda)が最も有名で、ファームの名前は屋敷内の鉱泉を意味している。勿論、この天然のソーダ水は飲むことができる。

オルケルダから西に10kmにはファームがあるリースホゥットル(Lýshóll)でも天然ソーダ水が湧き出る泉がある。オルケルダの天然ソーダは冷たいが、ここの天然ソーダは地熱のせいで温かい。

 

ボルガルフィヨルズゥル

スナイフェルスネース

アクラネース ルズゥルアゥ アルトナルスターピ  
アルトナルヴァトンスヘイジ ソイルバイル エイリークススタジル
ヴィーズギェルミル洞窟 ハトルムンダルフロイン溶岩台地 オゥラフスヴィーク ヘトリスサンドゥル
    ヴェガモゥト  
エイリークスヨークトル氷河 バルナフォスの滝 グルンダルフィヨルズゥル
エルドボルグ ビフロースト シンクヴェトリル ヘルガフェットル
オイガスタジル フーサフェットル ステイッキスホゥルムゥル ホーフススタジル
キョゥス フリョゥトストゥンガ スナイフェルスヨークトル氷河 リーフ
クヴァルフィヨルズゥル フレザヴァトン ソゥルスネース
グラゥブロゥカルフロイン フロインフォッサル ビャルナルホプン
グラゥブロゥカルフロイン ボルガルネース ブージル
グリムール ボルグ ブーダルダ-ルル
ゲルズベルグ   フラトエイ
スルスへトリル ラングヨークトル氷河    
デイルダルトゥングクヴェル レイクホルト ブレイザフィヨルズゥル
 

ボルガルフィヨルズゥル地帯 BORGARFJÖÐUR  

 

クヴァルフィヨルズル Hvalfjörður 

「鯨の湾」を意味するクヴァルフィヨズルは西アイスランド最長のフィヨルド。長さはおよそ30km、幅は4-5km、最深部は84mとかなり深い。 かつて盛んだったアイスランドの捕鯨基地があ る。エーシャ山の西の麓キャラルネス地区とアクラネースの町との間に位置している。フィヨルドの最奥部は険しい山岳地になっていて、山腹はほぼ垂直に海に向かって突き進んでいる。しかし、その西側は北岸、南岸ともなだらかな低地が続く。古い時代にはニシン漁の基地として繁栄し、地名もニシン海道と呼ばれたころもあった。

フィヨルドの最奥部にある山にはアイスランドで最も高い滝グリムール(198m)もあり、ドライブが楽しめる景勝地として知られてい る。

レイキャヴィークからアークラネス,ボルガルネース,ステイッキスホゥルムル等西部地帯に陸路で向かう場合には,クヴァルフィヨルズゥル湾をぐる〜リと一回りし,かなりの時間も要するが(従来,レイキャヴィーク〜ボルガルネースは所要1時間45分),1998年にクヴァルフィヨルズゥル湾縦断海底トンネルが開通。このトンネルの開通により距離にして42km,時間にして約1時間近く短縮されることになった。。海底トンネルの長さは6km。車での所要時間は約20分。通行料金はレイキャヴィーク/アークラネース間のカーフェリーと同額のUS$14.00相当。尚,トンネルの幅が狭いので自転車による通行は認められていない。

クヴァルフィヨルズゥル湾の北岸にはクジラ湾クヴァルフィヨルズゥルを望むカームなリゾート・スパホテル、ホテル・グリりムールがあります ⇒ ホテル・グリりムールについて

 

ソイルバイル Saurbær 

クヴァルフィヨルズゥル縦断海底トンネルのレイキャヴィーク側の入り口。教会があるファームで、1424年に英国の海賊によって襲撃を受けた記録が残っている。レイキャヴィークの中心部からの距離は24km

グリムール Glymur 

クヴァルフィヨルズゥル・フィヨルドの最奥部分にある滝で高さは198mでアイスランドでは一番の高さ。ボトンスアゥ川から流れ落ち、クヴァルフィヨルズゥルに流れ出る。グリムールはアイスランド語で「叫びや喚き」を意味する。 

キョゥス Kjós 

キザフェットルスアゥ川からクヴァルフィヨルズゥルの先端部に至る一帯で、標高424mのエイラルフィヤットル山と長い山稜レイ二ヴァットラの間の広大な渓谷がそのほとんど。

クラネ ス Akranes
アイスランドで最も大きい港の一つを持つこの町の人口は6,623人(20111)。製造業や商業が盛んだが、特にセメント工場は国内最大規模、ここでの生産で全国内需要を賄う。17世紀に始まった漁業は今も盛んで、国内最古の漁港の一つである。町の北東には海抜643mのアクアフィヤトルが聳え、頂上からのパノラマは絵のように美しい。昔の漁船などを展示している民族海洋博物館がある。

★ボルガルネース Borgarnes
「町のある岬」を意味するボルガルネースはボルガルフィヨルズル・フィヨルド口にある人口1,763
20111月)、アイスランドでは沿岸部に位置しながら漁業に依存していない数少ない町のひとつだ。町全体がデイダルトゥングクヴェルの温泉により地熱暖房が施されている。西部観光の基地でもある。中心部に位置するホテル・ボルガルネースは町の社交場。最近、新しい滞在型のホテル・ハマールがオープンした。アイスランド航空が運営する全30室、平屋つくりのホテル。部屋のドアから出れば、そこはホテルの敷地です。18ホールのゴルフ場も隣接しており、背後はボルガルフィヨルズゥル湾に臨んでいる。ホテルの敷地には温泉を引いたアウトドアーのホットタブがあり、ホテルのゲストは自由に利用できる。オーロラのシーズンにはホテル付近からも観察できる。この町で最初に建てられた建物はスコットランド人によるもので、鮭の缶詰用のもの。

ボルグ Borg á Mýrum

ボルガルフィヨルズゥル地帯に定住を決めたノルウエー・ヴァイキング、スカットラ・グリームゥル・クヴェルドゥールブソンが居を構え生活した場所。ボルガルネースからリングロードを北に走って直ぐ54号線と交差する附近。スカットラ・グリームゥルは中世の著名な吟唱詩人でエイイルのサガの主人公であるエイイル・スカットラ・グリームソンの父親。この一族はサガでは最も知られるファミリーだ。スノーリ・ストゥルトソンもレイククホルトに移る前のおよそ5年間ここで過ごしている。アイスランドで最も有名な彫刻家アゥムンドゥル・スヴェインソンの作品がここボルグに1985年に建てられている。それはエイイルが息子の死を悼んで書いた心に残る詩に因んで「ソナトルレク」と命名された。ボルガルネースはここボルグをベースに築かれた町だ。

デイルダルトゥングクヴェル温泉 Deildaltunghver

「煙の立つ丘の谷」を意味するレイクホルスダールル低い尾根の間の渓谷では、随所に地熱活動が見られる。デイルダルトゥングクヴェルはこの一帯にあり、恐らく世界で最大の湧出量を誇る温泉で、100℃の熱湯を毎秒180リットル湧出している。この温泉はボルガルネースやアクラネースを始めとするボルガルフィヨルズゥルのコミュニティの地熱暖房に利用されている。アークラネスには64KM、ボルガルネースには34KMのパイプラインが敷かれている。ここには低木のシダの群生が見られるが、この温泉がその生育を助けている。このような群生はアイスランドではデイルダルトゥングクヴェル以外には見ることができない。

レイクホルト Reykholt

レイキャヴィークの北約125kmにある人口39人の小村だが、アイスランドで最も著名な歴史的スポットの一つである。 最もその名前が知られている古典サガの作家と同時に学者であるスノーリ・ストゥルトソンSnorri Stoursson(1178年生まれ)が1206年から1241年に彼の仇敵によって殺されるまで住んでいた村。スノーリにより作られた温泉を引いたプール、スノルラロイグが残っており、彼の住居からトンネルを抜けて直接行けるようになっている。スノーリストヴァー博物館はスノーリを始めとするサガ作家の作品を中心に展示紹介している。レイクホルトはまた、夏はボルガルフィヨルズゥル地帯やラングヨークトル氷河観光の拠点として、冬は各種ジープサファリーツアーやオーロラ観察の絶好のスポットしても知られる。ここにあるホテル・レイクホルトは全56室.。近年のリノヴェーションを経て、

現在では健康志向のウエルルネス・ホテルとして人気がある。戸外にある地熱利用のホットタブ、シャワーつきのスティーム・バス、セラピーなどが揃っていて、サガゆかりの地のホテルらしく、サガやエッダに因んだ人物の名前がそれぞれのファシリティにつけられていて興味深い。

フーサフェットル Húsafell

レイクホルトの東に位置する岩と氷河に挟まれた夏にはリゾート地として賑う村。村とは云っても農家は2軒のみ。エイリークスヨークトル氷河とオーク氷河がすぐ近い。また、アイスランドで2番目に大きい(全長1300m)溶岩洞窟スルスヘトリルにも近い。ここには1965年に造られた温泉プールがあり、夏のリゾート客に人気があるほか、冬にはこの温泉プールに浸かりながらのオーロラ観察も運がよければ体験できそう。

宿泊施設としてはファームハウスWThe Old FarmWと隣接して5件のコテージがあり、年間を通じて利用できる。温泉プールはファームハウスに隣接してある。

オイガスタジル Augastaðir

レイクホルトから約4kmに位置。日本の国立極地研究所とアイスランド大学共同のオーロラ観測基地があり、この周辺はオーロラ観測には最適なスポット。アイスランドには日本の国立極地研究所とアイスランド大学の共同オーロラ観測ステーションが4カ所あり、ここはその中心的存在。

フロインフォッサルの滝 Hraunfossar

「溶岩の滝」を意味するフロインフォッサルは、ハトルムンダルフロイン溶岩台地のクヴィートアゥ川壁の間から湧き出る 細くて小さな滝が約1kmにわたって華麗に流れ落ちる絵のように美しい分れ滝だ。クヴィートアゥ川 には橋が架かっている。この橋のオリジナルは1891年に設営されたもので往時は歩行と羊の追い込みに使用されていた。 その後橋は修復と強化が施され、羊の運搬用トラックの走行が主な用途になっている。

橋の少し上流には「子供達の滝」を意味する美しいバルナフォスがある。

バルナフォスの滝 Barnafoss 

「子供達の滝」を意味する美しい滝。フロインフォッサルが流れ落ちるクヴィートアゥ川にある。 ここには自然に出来た太鼓橋的石造のアーチ(石橋)がある。ふたりの子供が川に架かっている天然の岩橋からこの川に誤って落ち、流れに巻き込まれて発見されることがな いままになった。滝の名前はそんなことに由来して付けられた。現在では滝を跨いで歩道橋が架けられている。滝の流れる両壁は美しい渓谷だ。

ラングヨークトル氷河  Langjökull

い氷河を意味するこの氷河はボルガルフィヨルズゥルに横たわる総面積953kuの氷河。ヴァトナヨークトル氷河に次いで、ヨーロッパでは2番目に大きい。1990年にはその面積は1,021kuだったが、温暖化が原因で氷河の面積は年々縮小している。氷河のほとんどが海抜1200〜1300mの高さにあり、南部と北部が最も高く聳えている。氷河学協会が海抜1228m地点にあるフィヤットルキルキャンの麓にハットを構えて氷河の調査をしているがヴァトナヨークトルほど解明されていない。突き出した舌部氷河も多く、下方の地帯に向かって流れ落ちているが、ゲイトランドスヨークトルGeitlandsjökullを始めそのすべてには名称が付けられている。ラングヨークトルの周辺には北西にエイリクスヨークトル氷河Eiríksjökull、南にソゥリスヨークトルÞórisjokullそして東にフルータフェットルHrútafellの3つの小さな氷河が横たわっている。

ハトルムンダルフロイン溶岩台地 Hallmundarhraun

広大な溶岩平原で、ラングヨークトル氷河の南西側の近辺から流れ出た溶岩がクヴィートアゥ河に流れ込み、多くの洞窟が溶岩平原に出現した。北はエイリークスヨークトル氷河に達する。溶岩洞窟ヴィーズギェルミル、スルスヘトリル、ステァゥンスヘトリルなどがその代表的なもの。

フリョゥトストゥンガ Fljótstunga

ラングヨークトル氷河の麓に広がる肥沃なボルガフィヨルズゥルの広大なハトルムンダルフロイン溶岩台地にあるファーム。ここのファームはファームハウス・フリョゥトストゥンガ(Fljótstunga)として、現在では全国に 160軒(総ベッド数はおよそ4100)ほどあるツーリスト・ファームハウスの中では草分け的存在で古い伝統を持っている。ファームの母屋にはツインルームが 2部屋あり、ファームの敷地内にはコテージの宿泊施設や、クッキングができる設備があるキャビネットも備わっている。

ファームの附近にはラングヨークトル氷河の南西側の近辺から流れ出た溶岩がクヴィートアゥ河に流れ込み、 誕生させた多くの溶岩洞窟がある。ヴィーズギェルミル、スルスヘトリル、ステァゥンスヘトリルなどがその代表的なもの 。

ヴィーズギェルミル洞窟 íðgelmir

容積面積で世界最大の溶岩洞窟。148,000立方m。全長は1585m。フリョゥストゥンガ村南東約1kmのところにある。洞底から上方に向かって成長した石灰質の二次生成物である石筍や鍾乳石が数多く見られる。また、極最近に、ヴァイキング時代の宝石類が洞窟内で発見されている。

洞窟は自然保護地区となっており通常は閉鎖されている。許可を受け資格をもっているガイドが同行しなければ内部に入る事ができない。彼らが同行するツアーに参加すればユニークな体験が可能。内部探検は通常約1時間。ヘルメットやヘッドライトは用意されているが、温かい服装のほか、洞窟内はごつごつしているところが随所にあり歩行に適したブーツと厚めの手袋はマスト。

スルスへトリル Surtshellir

エイリークスヨークトル氷河の西に広がる溶岩台地ハトルムンダルフロイン(Hallmundarhraun)は長さ50km。ここには多くの溶岩洞窟や窪地がある。スルスへトリル洞窟は北欧神話の中の巨人スルトの洞窟を意味し、アイスランドで最も有名な溶岩洞窟でその長さはアイスランド最大で1970m。それに繋がるステヴァゥンスへトリルを併せれば3500mに達する。この溶岩洞窟には無法者が住んでいて近くの農場から羊などを盗んで生活していたと云う話が残っており、実際、その痕跡とも云える羊の骨などが見つかっている。F578号線沿いのファームカルマンストゥンガから7km、夏はゆっくり気をつけて走れば4WDでなくても行ける。

イリークスヨークトル氷河 Eiríksjökull

ドーム型をした美形の氷河でラングヨークトル氷河の北西に位置し、国内最大の卓状山地のひとつに横たわっている。赤土の凝灰岩の山で標高は1675m、アイスランドでは3番目に高い。氷河そのものの面積は22㎢。その基礎部分にあたる地盤の面積は40㎢に及んでいる。氷河期の後期に創造されたもので、この間ずっと噴火が氷を溶かしきるに十分なほど長い期間続いた痕跡がこの基礎地盤には残っている。幾つかの氷河がくちばしのように北東に向かって斜面を降下している。この氷帽は溶岩原ハトルムンダルフロインの真南に位置し、ラングヨークトル氷河の西に延びている。このふたつの氷河の間にはフローサスカルズ峠(Flosaskarð)が走っている。4WDのジープを利用すれば氷河の西側の麓まで行くことができ、そこからは比較的楽に頂上まで登れる。目安は3.5時間前後。

アルトナルヴァトンスヘイジ Arnarvatnsheiði

エイリークスヨークトル氷河の直ぐ北に横たわる広大な荒地。「鷲の湖の荒れ地」を意味する。多くの湖が点在する。アルトナルヴァトンやリェッタルヴァトンのふたつの湖の間を山道F578が走っているがここのドライブはかなり困難。もちろん、4WDのジープでしかこの地に侵入することはできない。

フレザヴァトン Hreðavatn

同じ名前のファームがあるマス釣りで有名な湖。湖には幾つかの植物群が豊かに生える小島があり、湖周辺は夏季には色鮮やかで興味深い。ファームからそんなに離れていない地点にかつての褐炭鉱山があり、ここでは第三期の草木の化石が見つかっている。また、湖の西に少し離れたところには標高539mのピラミッド状の山ヴィクラフェットルがポツンと聳えている。

グラゥブロゥカルフロイン Grábrókarhraun

600年前の荒々しい溶岩台地。苔と樺の低群で覆われている。ここの溶岩は周辺の3つの火口から流出したもの。その最も大きな火口はグラゥブロゥク(Grábrók)次に大きいのはグラゥブロゥカルフェットル(Grábrókarfell)、そして一番小さいクレーターは道路建設のための砂利として使われ、今はその姿は残っていない。グラゥブロゥクの頂上からの眺めは素晴らしい。

ビフロースト Bifröst

フレザヴァトン湖近く、協同組合が運営するビジネス・カレッジやカレッジの学生寮を利用したサマーホテルがある。グラゥブロゥク火口、溶岩そして山並が続く周囲の光景は極めてユニーク。

エルドボルグ Eldborg

フナッパダールル谷にある,際立った美観のクレーター(溶岩塔) 。ボルガルネースから54号線を北上し、スナイフェルネース半島に入る前に左手に見える。54号線からは徒歩で約35〜40分。海抜100mのクレーターの周辺には広大な溶岩原エルドボルガルフロインが広がる。5000〜8000年前の火山噴火によってできたもので、サガ書「定住の書」に依れば、定住の時代(9世紀)にも噴火したと伝えられている。

コルベインススタジル Kolbeinsstaðir

ボルガルネースから54号線を北上して40km弱の地点にある教会のある古いファーム。ヴァイキング時代に荘園として

この地域の首長で且つアルシンギ(全党会議、国会)のロースピーカーの館だった。ファームの背後に聳える山はコルベインスタザフィヤットル(標高862m)。

★ゲルズベルグ Gerðuberg

コルベインススタジルから54号線を更に6km先で舗装されていない砂利道の567号線と交差 する。ここを右に入って直ぐのところにあるユニークな柱状玄武岩帯(右の写真)。柱状の岩が何十本も固まって立ち並び、壮大且つ見応えがある様相を醸し出している見事な造化といえ る。同じ名前のファームがある。ここからはエルドボルグも別の角度からはっきりと見ることが出来る。

ノルズゥルアゥ Norðurá

ホルタヴォルズヘイジ(Holtavörðuheiði)荒地に源を発し、ノルズゥルアゥルダ-ルル渓谷とスターフホルストゥングル湿原を抜けてクヴィートアゥ河に流れ込む川。流れが穏やかで深いために航行可能な川。サーモン・フィッシングのベスト・リヴァ-としても有名な川でラクスフォスとグランニの二つの滝を有している。

 

スナイフェルスネース半島(SNÆFELLSNES)  

スナイフェルスバイル Snæfellsbær

地方自治体スナイフェルスバイルはスナイフェルスネース半島の西部をカバーする一帯。境界線は半島の南側の教会所有地スタザルスヴェイト(Staðarsveit)附近。北側の境界線はブーランドスホプジ(Búlandshöfði)となる。この自治体はほぼ680平方キロをカバーしており、住民は約1800人。人口の多くはオゥラブスヴィーク(Ólafsvík), リーフ(Rif) そしてヘトリスサンドゥル( Hellissandur)に集中しているが、フロゥザゥルフレップゥル(Fróðárhreppur), ブレイズヴィーク(Breiðuvík)やスタザルスヴェイト( Staðarsveit)などの僻地やスナイフェルスヨークトル氷河の南側の小村へトルナル(Hellnar)や奇形奇岩で知られるアルトナルスタピにも居住している。 スナイフェルスバイルには人が住んでいない地域が沢山残っていて、手付かずの自然が魅力だ。

スナイフェルスバイルを一言で表現すれば他のところとは全く異なる自然ということになる。地質的にこの地域は比類なくユニークだ。この地域には鉱泉が随所で見られる。それは場所によって熱かったり、冷たかったりするが治癒力があると考えられている。加えて変化に富んだ奇形の溶岩原、植生や景色もユニークで、豊かな緑地帯、数多の火山火口、荘厳な山々、変化に富んだユニークな溶岩窟、黒小石や黄ばんだ砂が広がる海岸線が目に飛び込んでくる。滝や大小様々の川そして湖も豊富でサーモンやトラウトのフィッシングも楽しめる。アザラシや多種多様の野鳥がこの変化に富んだ自然にアクセントをつける。ブレイザフィヨルズゥルそして外海では地上最大の哺乳動物ブルーホエールなどのホエールウオッチング・スポットだ。

 2001年にはこの一帯はスナイフェルスヨークトル国立公園として正式に指定されている。国立公園は南はダグヴェルザルアゥ(Dagverðar)から北はヘトリルサンドゥル(Hellissandur)までの広大な範囲をカバーしている。

スナイフェルスバイルは自然の素晴らしさの他にも紹介すべきなのが歴史の足跡だ。ここスナイフェルスバイルにはまだ手付かずの考古学上の所産が数多く残っている。勿論、ここを舞台としているアイスランドのサガも数多い。バゥルズゥル・スナイフェルスアゥス(Bárður Snæfellsás)のサガ、ヴィーグルンダルサガ(Víglundarsaga)、エイルビイグギャゥ(Eyrbyggja)のサガなど。

ヴェガモゥト Vegamót

 スナイフェルスネース半島の海岸に沿って周遊する54号線(スナイフェルスネースヴェグール道路)と半島を南北に縦断する全長17kmの56号線(ヴァトナレイズ道路)の交差路。

ケルトリンガルスカルズ Kerlingarskarð

 「老婦人の山道」を意味し、半島を南北に縦断する全長17kmの56号線(ヴァトナレイズ道路)の東側を平行して走っている山岳路で全長は13km。スナイフェルスネース山系越えに海抜311mを走る。魚釣りをして家に戻ろうとしていた大女のトロールが太陽に捕われ、石にされてしまうと云う民話が残っている。肩越しに釣った鱒を紐に吊るして女の姿は今でもケルトリンガルフィヤットル山の尾根で見られると信じられている。

ソゥルスネース Þórsnes 

 西アイスランドで58号線が縦断して走っている岬。ホーフスタザヴォーグル(Hofstaðavogur)とヴィグラフィヨルズゥル(Vigrafjörður)のふたつの入江の狭い地域で辛うじてアイスランド本島と繋がっている岬。ステイッキスホゥルムゥルはこの岬にある。

ステイッキスホゥルムゥル Stykkishólmur 

 スナイフェルスネース半島ソゥルスネース突端岬に位置する人口1090人(2009年12月)で半島最大の町。ステイッキスホゥルムゥルの意味は”杖の小島”。それは港の中にある大きな岩礁に由来している。レイキャヴィークからの距離はクヴァルフィヨルズゥル湾の地下トンネル経由で165km、定期バスを利用すれば2時間30分で行ける。主産業は漁業だが、半島の商業の中心地でもある。スーガンディスエイ島(Súdandisey)やランドエイ島(Landey)を始めたくさんの小島が外海からその入江を安全に守っている。その良港がこの町の最大の財産といえる。ブレイザフィヨルズル湾に面し、フェリーが湾内の島々や西部フィヨルド地帯のブリャウンスライクゥルの間を定期運航している。

この町の最古の住居は通称ノルウエーハウスと呼ばれるノルスカ・フーシズ(Norska Húsið)。商人アゥルトニ・ソルラシウス(Árni Thorlacius)がノルウエーから木材を輸入し1832年頃に建てたと云われる。現在は民族博物館。ここには

アイスランド最古の測候所がある(世界で最初の人が配置された測候所との説もある)がアゥルトニが1845年に創設したもの。今日に至るまで途切れることなくこの測候所は機能している。ここの瀟洒なステイッキスホゥルムゥル教会は毎夏、定期コンサートが開かれることで知られている。

スナイフェルネース半島とブレイザフィヨルズゥル湾は自然美鑑賞と野生生物の観察で知られるが、ステイッキスホゥルムゥル地域内でもハイキングを楽しみながらこうした体験ができる。港傍のスーガンディスエイ島沿いのルートはユニークなパノラマのような光景を呈している。

ヘルガフェットル Helgafell 

 ステイッキスホゥルムゥルのすぐ近く、ソゥルスネース岬にある標高73mの低い玄武岩質の山。聖なる山を意味する。山の西側は緩やかなスロープだが北と東側は険しい。この山の頂から望むブレイザフィヨルズゥルのパノラマは見事な景観を呈している。山には小さな壁の残遺があるが僧院があった時代の名残りと言い伝えられている。山の名前はこの地に定住を決めたヴァイキング、ソゥロゥルブル・モストラルスケッグによって付けられた。13世紀に書かれた定住の本によれば、岬にあるこの山には強い霊が宿っていると信じたソゥロゥルブルは山を「聖なる山」と呼び、何人も身を清めることなく山を見る事を許さなかった。そして生あるものは人間であれ牛であれこの山で殺される事が決してない極めて神聖な場所として崇めた。民間伝承されている話だが、初めてこの山に登ろうとするものは教会の北にある、ラクスダイラのサガのヒロインであるグズルーン・オゥスヴィーブルスドゥティルの墓をスタート地点にし、決して振り返ったり、おしゃべりをしてはならないとされていた。一心にお祈りする者に対しては3つの願い事が聞き入れてくれるとされたが、願い事を他人に洩らさず、願い事をするときに顔を東に向けておくこととされた。ヘルガフェットル山の南の麓には同じ名前のファームがある。

ホーフススタジル Hofsstaðir

 ヘルガフェットル山縁のヴァイキング、ソゥロゥルブル・モストラルスケッグが住居を構えたソゥルスネース岬にあるファーム。ここが重要なのはアイスランドで初めて正式な議会詰まりシング(Þing)が開催されたからだ。

シンクヴェトリル Þingvellir

 有名な南アイスランドにあるシンクヴェトリルと同名の平原。ソゥルスネース岬のネスヴォーグル入江の南にあってホーフススタジルの議会がここに移されたことからこの名が付けられた。”石の祭壇”などその名残りがいくつか見られる。

ビャルナルホプン Bjarnarhöfn

 有名な南アイスランドにあるシンクフロインフィヨルズゥル湾を臨む岬にぽつんと聳えている標高575mのビャルトナルハプナルフィヤットル山の麓にある古くからの私有地.。もともとはヴァイキング時代の移住者ビョルトン・オイストライニ・ケティルソンのファーム。ホメオパシー医ソルレイブル・ソルレイブルソン(1801-77)が長くここで過ごしていた。彼は最も強力な新霊力を持っていたアイスランド人と云われている。その後、医者のオッドゥル・ヒャルタリーンが住むのだが彼はアイスランドの植物に関しての本を初めて書いた人物として知られる。

カソリックの時代には聖ニコラスに献堂された複数の教会があった。ファーム内に残る現在の教会は1856年に献堂されたもの。教会には古く、歴史的にも価値ある工芸品や所産が残っている。祭壇画は1640年に描かれたもとと云われる。その他、ふたつのキャソック(司祭平服)が残っており、中ひとつは500年以上古いものでも一方も1762年に作られたものだ。教会を含むこの地はファーマー、ヒルディブランドゥル一家の所有だ。チャペルも彼の一家だけのもので他の教区民は居ない。教会の所有物の中には1826年物の聖杯と1694年の説教台もある。

スナイフェルスネース半島を訪れた序でにこのファームに是非立ち寄ってみたい。ここでは珍しい伝統料理ハカートルHakarlが試食できる。ヴァイキングの時代からの伝統料理で、さめ肉の輪切りを数週間もレバーをまぶして塩漬けにしたユニークな料理で保存食だ。アンモニアの臭いがかなりきつい。そのほか、さめの肝油やタラなどの干し魚も。古い教会も興味深い。

オゥラフスヴィーク Ólafsvík

 スナイフェルスネース半島で最大の漁獲量を誇る港町でその人口は1022人(2003年12月)天然の良港が有り、近くに豊かな漁場があることで、早くから人々が住み着き、17世紀〜19世紀にかけては大きな交易量を持つ貿易センターがあった。この街には、18世紀に建築された木造ハウスが残っていて、往時からの漁の道具や生活品を転じた博物館となっている。

グルンダルフィヨルズゥル Grundarfjörður 

 スナイフェルネース半島の北側、町と同名のフィヨルドにある天然港を抱える人口974人(2005年12月)の漁業の町。エイラルスヴェイト地区にあり、堂々と聳える山々に囲われた落ち着いた港町だ。18世紀に確立された漁業と交易の中心としての位置付けは今も変わらない。1800年頃にはフランス人が町の人口の4分の1を占めており、診療所や教会を建てた。町を取り囲むように連なる山々の形がとても印象深い。とりわけ、町の西側に聳える標高436mのキルキュフェットル山(Kirkjufell教会の山)は他の山々とは離れて威風堂々と聳え、その美しい山容がこの街のシンボルとなっている。地質学的にも興味惹かれるスポットが多く、アイスランド地質学史の大抵の時代の名残りをここでは見つける事ができ、アイスランド最古の火山といわれているセトベルグ火山(Setberg)がこの町の近くにある。

ヘトリスサンドゥル Hellissandur

 スナイフェルネース半島の最も外側に近く、高い沿岸台地の海の端にある人口411人(2003年12月)の漁村。 1700年頃は主要な漁業の中心地で、出稼ぎ漁師用のロッジが数十建っていた。海洋博物館があって1826年に作られたアイスランド最古の漕ぎ船などが展示されている。

リーフ Rif

 ヘトリスサンドゥルと隣り合わせ、反対の海側にある小さな漁村。人口は141人(2003年12月)。中世には重要な交易港であったが後にホゥルムケルスアゥ川がコースを変えた結果堆積した沈泥物で崩壊した。現在では排水施設と防護体制が整った防波堤が造られ安全な港になっている。リーフのすぐ近くにはアイスランド最大の北極アジサシの繁殖地がある。

スナイフェルスヨークトル氷河 Snæfellsjökull 

  “雪を被る山の氷河”を意味するスナイフェルスヨークトルは海抜1446mのアイスランドでも屈指の美しさを誇る氷河で、晴れていればレイキャヴィークからもその美観を肉眼で見ることができる。この氷河はヴァイキングの時代から霊が宿る場所と伝えられ、神秘的な雰囲気が漂う。199311月には世界初の「UFO国際会議」がアイスランドで開催され、世界から多くの研究者がこの地を訪れた。また、ジュール・ヴェルネの空想小説『地底への探検』の仮想の入口としても有名。スナイフェルスネース半島にはスナイフェルスヨークトル以外にも特筆すべき山が多い。地獄の壁を意味する巨大で心が奪われるような山ヘルグリンドゥル、色鮮やかなドラゥプフリザルフィヤトル山、キェルトリンガルスカルズ山道にあるミステリアスなクリフを持つキェルトリング山、グルンダルフィヨルズル近くのキルキュフェトル山(教会の山)などに代表される。 「アイスランドの氷河」へ

アルトナルスターピ Arnarstapi 

 “鷲の尖った岩を意味するスナイフェルスヨークトル氷河の麓にある小さな漁村で奇形奇岩が沿岸を形成し興味深いスポットとなっている。村の右手には標高526mのスタパフェットル山Stapafellが聳える。この山はスナイフェルスヨークトル氷河の南側の麓よりの低い傾斜面から南に向かって延びる、斜面に砕石がかなり目立つ、細長い玄武岩質の山だ。サガ書バルダールの書に依ると、この神話に出てくる生き物は半分人間の姿をし、残り半分鬼の姿をしており、スタパフェットル山の北の斜面の洞穴に住んでいたといわれている。山の北側には歌の洞窟を意味するソーングヘトリル洞窟Sönghellirがある。自然が創造した巨大な岩石群にある洞窟で珍しい音響が響きこだますユニークな存在。洞窟の壁にはここを訪れた人が自分の名前などを書いた跡が残っている。また、呪術のためとおぼしきルーン文字や符丁も。 

そして夏には数千羽の海鳥が棲息する断崖など沿岸部の断崖はミツユビカモメ、フルマカモメ、オオハシウミガラスなど夥しい数の海鳥のコロニーとなっているのに加えて、村そのものが北極アジサシの巨大な営巣地になっている。海岸線に沿って歩けば手軽に海鳥に出会えるし、さまざまな形を呈している溶岩石が目に飛び込んで来る。海に繋がる噴気孔があって、強い南よりの風が吹くと、噴水のように噴気孔から海水が噴き上げる光景が見られることでも知られる。 見学の際には余り近づかないように

氷河から放されるエネルギーを霊感の源にしているとされるヴァイキング・シャーマン(呪い師)に因んで、バゥルズゥル・スナイフェットルサゥスBárður Snæfellsásと名付けられた巨大な石構造物周辺から徒歩観光を開始、海岸沿いに荒涼とした地形を歩いて観光する。ここには自然が創造した巨大な岩石建築とも云える沿岸部を形成する奇形奇岩群、無数の海鳥が巣くう険しいクリフなど興味深いスポットが集中している。アルトナルスターピの西側からヘトルナール村に至る約10kmの沿岸には、ガトクレットゥルとロゥンドランガルの二つの大きなクリフを筆頭に奇形奇岩のシーンが連続する。

ブージル Búðir 
 スナイフェルスネース半島の南西沿岸にある。昔は寄港地であったところで後には交易センターにもなっている。19世紀に建立された一風変わった教会がある。建てられた場所と外観がユニークなだけではなく、教会の後押しを一切受けることなく、デンマーク王から特別許可を受けた。たった一人の女性が調達した資金で建てられている。ブージルの直ぐ近くには溶岩平原がブーザフロインが広がるが標高88mのクレーター、ブーザクレットゥルから流出したもの。ここには溶岩洞窟があるがボルガルフィヨルズゥルにあるアイスランド最長の溶岩洞窟スルスへトリルに繋がっている。

ブージルからアルトナルスターピに至る沿岸線は奇形奇岩の雄大な光景が連続する。

ブレイザフィヨルズゥル湾 Breiðafjörður 
 アイスランドで2番目に大きな湾。湾口の広さは70km。昔からブレイザフィヨルズゥル湾にある島の数が正確に数えられたことがないようだが、一般的には約2700の島々が散在していると云われる。どの島もそれぞれ特徴的で、唯、共通しているのは夥しい数の海鳥の営巣地であること。そのほとんどの島には何らかの植物が生えている。かつては多くの島に人が住んでいたが、ここの居住者はアイスランドの大抵のところで人々を苦しめた苦難や飢餓に遭うことは一度も無かった。海からは魚が潤沢に獲れ、島々にはアザラシ、野鳥、卵などの食料がふんだんにあったうえに、羊牧用の草地が十分に確保できたからである。過去においては島間を流れる潮流が重大な危険から守ってくれた事もある。しかし、交通等の事情で今では人々が居住する島は二つだけになっている。

居住する事が無くなった島の多くには今でも家屋がそのまま残っている。その内幾つかはサマーハウスとして利用されている。

 この自然が全く損なわれてない湾と島々には数え切れない程の野鳥やアザラシが棲息しており、観察には持って来いの地域である。アイスランド屈指の漁場であるブレイザフィヨルズル湾をクルーザーにてセイリングするツアーもある。湾には数多くの小さな島が浮かび、珍しい岩石層や無数の海鳥の営巣地があり、訪れる人を飽きさせることはない。またこのツアーでは漁の実演をしてくれ、カニやホタテ、ウニなどが水揚げされる様子が見られるほか、試食もさせてくれる。

ブレイザフィヨルズル湾を横断する定期のフェリー便(フェリー・バルドゥ-ル、Ferry Baldur)が年間を通じて運航され、スナイフェルスネース半島のステイッキスホゥルムルと西部フィヨルドのブリャウンスライクゥルを以下のスケジュールで結んでいる。フェリーは乗客200人のほか車輌20台の収容能力があって、三層の構造になっている。オープンエアーの上段のデッキでは見渡す限りに広がるブレイザフィヨルズル湾の眺望が楽しめ、中段にはラウンジがある。最下部のデッキにはレストランも備わっている。

6月〜8月(2008年)

To:ブリャウンスライクゥル
ステイッキスホゥルムル発 毎日 09:00
15:30
フラトエイ島発 毎日 10:30
17:00
To: ステイッキスホゥルムル
ブリャウンスライクゥル 毎日 12:15
18:30
フラトエイ島発 毎日 13:15
19:30

 

 

08年9月〜09年5月

To:ブリャウンスライクゥル
ステイッキスホゥルムル発 月・火・水・木・金・日

15:00

11:00
To: ステイッキスホゥルムル
ブリャウンスライクゥル発 月・火・水・木・金・日 18:00
14:00

 

 

2700ものブレイザフィヨルズゥル湾に浮かぶ島々の中で最もよく知られているのは、「時を忘れる島」と称されるフラトエイ島で、数有る島の中で年間を通じて人が住む島はたったふたつだけだがフラトエイはそのひとつで湾内最大の島。フラトエイは周囲のほぼ40もの島々を行政管轄下においている。紀元1172年には、島内に修道院が建設されている。修道院がステイッキスホゥルムルの直ぐ南にあるヘルガフェットルに移される19世紀の中頃まで教育、文学や芸術を中心にアイスランド文化の中心的役割を果した。島内には1926年に建てられた教会が現存する。島内の人口500人足らずの村はアイスランドで最古で且つ昔の面影をそっくり維持している村の一つである。島内には30ばかりの家屋があるが、夏を除き、ほとんど住居として使われていない。島の一部は1975年に自然保護区と指定されていて、鳥獣保護区域となっている。島の沿岸部ではアザラシの群れを見ることができ

クヴァンムスフィヨルズゥル湾に面したダラスイースラ県の行政の中心の町で人口は244人(2003年12月現在)。この地の2人の文化的人物を記念して建てられた像がある。20世紀の詩人ヨゥハネス・ウール・コトルムと13世紀の判事であり歴史家であったストゥルラ・ソゥルザルソンの像である。

2000年6月24日、イースレンディングル(Íslendingur)と名付けられたヴァイキング・シップのレプリカが復元され、ここの港からグリーンランドとアメリカへの航海に出航した。これはヴァイキング時代に最初の北アメリカへの航海を再現する試み。アメリカ大陸の発見者レイブル・エイリークソンはここのホイカダールル渓谷(Haukadalur)で生まれた。港傍の古い共同ビルは博物館になっていてレイブル・エイリークソンやサガ時代の展示がなされている。

エイリークススタジル Eiríksstaðir

赤毛のエイリック(Eric-the-Red Þorvaldsson)がとがグリーンランドを発見する前に妻ショゥズヒルドゥル・ヨルンドスドゥティル(Þjóðhildur Jörundsdóttir住んでいたところで、彼等の息子であるアメリカ大陸に最初の足跡を残した(アメリカ大陸の発見者)レイブル・エイリークソンの生誕の地でもあり、ホイカダ-ルルにある。エイリークススタジルは赤毛のエリックのグリーンランドの発見/定住と息子レイブル・エイリークソンの北米大陸発見を記念して建てられた特別な建物の名称。

 

西アイスランドの歴史早分かり

ヴァイキングによるアイスランドの定住が始まる9世紀後半、西アイスランドにその定住の地を求めたヴァイキングも数多だ。その中で最も有名なのがボルガフィヨルズゥルのスカットラグリームゥル・クヴェルドゥールブソン、スナイフェルスネースのソゥロゥルブルそしてダラスイースラの高潔なオイズゥルの3人。グリーンランドの発見者として知られる赤毛のエイリックはホイカダ-ルルに居住を構えたし、探検のために出発したのはブレイザフィヨルズゥル湾の島々だった。北米大陸を発見したエリックの息子レイブルはここで生まれ成長した。

良く知られているサガのかなりのものがここ西アイスランドを舞台にしている。エイイルのサガ(Egils Saga)、グンロイグのサガ(Gunnlaugs Saga)、エイルビグギャゥのサガ(Eyrbyggja Saga)、ラックスダイラのサガ(Laxdæla Saga)、ハルザールのサガ(Harðar Saga)、ハインサ・ソゥリスのサガ(Hænsa-Þóris Saga)、ビヤルトナルのサガ・ヒータダイラカッパ(Bjarnar Saga Hítadælakappa)、バゥルザル・スナイフェルスアゥスのサガ(Bárðar Snæfellsás Saga)そしてヴィーグルンダルのサガ(Víglundar Saga)などである。

12〜13世紀に於ける偉大な歴史家は西アイスランドから輩出されている。スナイフェルスネース半島のスタザルスタズゥルにはアリ・フロゥジ、ダラスイースラのクヴァンムゥルで生まれ、ボルガフィヨルズゥルのレイクホルトで住んだスノーリ・ストゥルトソンがその代表だ。スノーリの甥っ子、ストゥルラ・ソゥルザルソンはソイルバイル郡のスタザルホゥルに住み、ブレイザフィヨルズゥルの島ファグルエイ(Fagurey)でその生涯を終えている。

スカルズストロンドのスカルズ(Skarð)はヴァイキングの定住が始まった頃から1100年ころにかけてひとつの同族によって住み続けられた、アイスランドで最古の荘園だと云われている。中世最良の学校のひとつがスナイフェルネース半島のヘルガフェットル修道院にあった。

アイスランドで最も著名な賛美歌作者ハトルグリームゥル・ピートゥルソンはクヴァルフィヨルズゥル湾のソイルバイル(Saurbær)に住んでいた。17世紀のことである。彼のキリスト受難曲は特に有名で多くの言語に翻訳されている。

 


Revised:12/05/10