ツーリスト・スポット徹底ガイド

 

アークレイリと東北アイスランド   

エイヤフィヨルズゥル

Eyjafjörður

AKUREYRI & NORTHEAST (NORÐURLAND EYSTRA) 

 

スポットガイド

 

★エイヤフィヨルズ ゥル Eyjafjörður
 アイスランド最長のフィヨルドで「島のある峡湾」の意味。 全長は60km。先端部に向かって狭まる谷状になっているので時にはエイヤフィヨルズゥル渓谷とも呼ばれる。アークレイリ空港はこのフィヨルドの先端部に近い比較的狭い谷あいにあるので、航空機は両サイドに谷を直ぐ間近に見ながらの結構エキサイティングな
ランディングが体験できる。フィヨルドの両サイドにはエイヤフィヨルズゥルに連なる山々のパノラマティックな光景が広がる。特に西側は高く、悠々然とした山並となっている。その代表格は標高964mのコトルフィヤットル山(Kötlufjall)、更にクロッサ・フニュークル山(Krossa-hnjúkur)。その隣にはハゥムンダルスタ ザハゥルス稜線(Hámundarstaðaháls)やハゥルスホプジ 岬(Hálshöfði)が続く

このフィヨルドは、降雨量がかなり少なく、川の水も氷河からのものではないため、土手沿いの牧草地は一度も河川が氾濫したり、コースを変えることがなかった。このため、この地域はアイスランドで最も豊かな酪農地帯になっており、緑多い肥沃な土地にしている。
★ロイヴァゥス Laufás

キリスト教に改宗される前の異教(ヴァイキングの多神教)の時代にその根源を持つ農家、教会そして牧師館。キリスト教以前の儀式や習俗の考古学上の証拠を立証する上で重要な役割を担った建物で、1865年に芝土の屋根を葺いた木材を使った伝統的な様式で建てられている。エイヤフィヨルズゥルの沿岸に位置する。

★モズルヴェトリル Möðruvellir
 エイヤフィヨルズゥルに注ぐホルグアゥ川が流れる渓谷ホルグアゥルダールルの谷口にある、かなり大きなファームで
現在も教会と牧師館が残る。過去においては何世紀に亘って重要な歴史上の舞台となった。

最初の修道院が創設されたのは1296年。 この修道院は1316年修道士の不注意 による火災ですべて消滅している。これによって多くの貴重な写し本が失われた。1550年に再建された後の修道院はデンマーク王の所有になり、1797-1874年の間、知事邸宅として 供せられた。その後になって、1888-1902年には高等学校として使用された。この高校は1902年にアークレイリに移され、現在のアークレイリ短期大学の前身の役割を果たすことになった。

 現在の教会は1865-67年の建立。アイスランドを代表する古い教会以前の教会の収蔵品や所産は 最初の修道院と同様に火災ですべて失っている。

ノンニの愛称で世界中に知られる童話作家ヨゥン・ステファゥン・スヴェインソンJón  Stefán Sveinssonの生誕の地でもあり、ファーム内の木の傍にはスヴェインソンの記念石碑が佇んでいる。

★クヴァンムスフィヤットル Hvammsfjall
 山並みの最北の峰々は大きな家屋の切妻壁を彷彿させる連山。峰の頂と山道の多くは付近のファームの名前から付いている。

フリースエイ島 Hrísey

エイヤフィヨルズゥル・フィヨルドの口の部分に浮かぶアイスランドではウエストマン諸島のヘイマエイ島に次いで2番目に大きな島で面積は11.5ku。長さ7.5km、幅2.5km。南部は幅が広く、北部は狭い地形。北端のクリフの海抜はおよそ110m、ここの岬の高台には灯台があるが1920年に建てられたもの。

島の北の地域はエスタバイヤルランド(Ystabæjarland)と呼ばれ、自然保護局の私的所有区域になっていて、この地域に入るには所有者たる自然保護局の許可を得なければ許可が必要。舗装道路が整備され、庭園が整然と並ぶこぎれいな漁村を中心におよそ200人が生活しているが、住民の数においてもヘイマエイ(4100人)に次いで多い。フリースエイ島とアークレイリからバスで行ける本土の村アゥススコゥグスサンドゥル(Ásskógssandur)の間をフェリー・サイヴァルが結んでおり、12時間おきに運航されている。所要時間は約15分。

島の岩盤のほとんどが1000−1100万年前の玄武岩岩。フリースエイには数多い溝があるが、火山噴火と溶岩流出の際に岩石の割れ目を創造した結果による。その最大級のものは幅が20-25mもあるロイガカンブル(Laugakambur)で、島の北端の海まではみ出ている。このような溝は島の沿岸部付近の随所で見ることができ、村のすぐ北側にあるクヴァタスタジル(Hvatastaðir)がその一例だ。氷河性堆積物の厚い層が島の西部と北部で発見されているが、これは氷河期の氷河活動によるもの。島には温泉が湧き出ているが、熱湯は島民の生活に欠かせない暖房等に役立てられている。飲料水は島に掘られた試錐孔から汲み上げられている。

フリースエイからはどの方向にも素晴らしい眺望が楽しめる。特に、エイヤフィヨルズゥルに連なる山々のパノラマティックな光景は見事。島の北部にある最高地点に登れば(といってもそんなに高くはない)、遥か東には,エイヤフィヨルズゥルの東岸の最北端地点であるグヨグラル(Gjögrar)が望まれる。更に、島より少しばかりフィヨルドの奥まった地点にはカルドバクール山(Kaldbakur)越えに広がるヴァズラヘイジ荒地(Vaðlaheiði)が視野に入る。山頂が冷たい雪に被われたカルドバクール山のすぐ南にはフンヨゥスカダールル渓谷路(Fnjóskadalur)が走っている。渓谷の谷底からエイヤフィヨルズゥルの西岸方向に目を向ければ、最も南にコトルフィヤットル山(Kötlufjall)、更にクロッサ・フニュークル山(Krossa-hnjúkur)が望まれる。その隣にはハゥムンダルスタジル稜線(Hámundarstaðir)やハゥルスホプジ(Hálshöfði)を望み、その北にある小さな町がダルヴィーク(Dalvík)だ。遠く北にはオゥラブスフィヤルザルムーリ山道が走る。フリ-スエイ島の直ぐ北、フィヨルドの外になるが岩礁クロゥルブススケル(Hrólfssker)があり、灯台が備わっている。真夏には、太陽が沈むことなく、地平線上を移動する感動的なシーンが見られるポイントとして有名。夏季のミッドナイト(沈まない太陽)の期間前後にフリースエイ島の最高地点にハイキングしながら登る(勿論真夜中に)想像を遥かに超えるユニークな体験ができる。真夜中の太陽が海に向かって徐々に沈んで行き、水平線をかすめるように水平に移動し、そして再び昇っていくファンタスティックでマジカルな光景が楽しめる。この瞬間、海も陸も黄金色に霞み、静けさだけがこの世界を支配するのだ。

フリースエイ島は野鳥愛好家は勿論鳥類学者にとっても素晴らしいパラダイスとしても良く知られている。島内で最もよく観察できるのはフリースエイ島の紋章にもなっているライチョウである。ライチョウはちょっとばかり気取り屋で生意気な鳥だ。特に秋口には人間が住んでいることなどお構いなく町の通りや庭を大きな群れでよちよち歩く。それはあたかも彼らが島の真の支配者であるかのような振る舞いに思える。この島で鳥たちが豊かな生活が維持できるには大きくふたつの事実が挙げられる。そのひとつは鳥類を殺害する事が一切禁止されている事、そしてもうひとつは島内には鳥類の外敵たるミンクやキツネが生息していない事である。実際、この島ではあらゆる齧歯類(ラットやマウスなどネズミ)を見つけることはない。ライチョウ以外にほぼ40種類の鳥の営巣が確認されており、特に、北極アジサシにとってはヨーロッパで最善の営巣地のひとつと云われる。島の北部はケワタガモの絶好の営巣地だ。また、ここにはアイスランドで唯一のペットや他の動物の検疫ステーションがある。

現在のところ、この島にはホテル、ゲストハウス、ファームハウスなどの宿泊施設はなく、レント・シャレーがあるのみ。

★アゥルスコゥグスストロンド Árskógsströnd
 廃墟化したファーム・ヒットルルから北の方向にハゥムンダルスタザハゥルス尾根まで延びる海岸。広大で、夏には草生す海岸で小さなファームや漁村が多い一帯。 その代表的なファームはホイガネースと
アゥルスコゥグスサンドゥル

ホイガネース Hauganes

アークレイリからエイヤフィヨルズゥルに沿って北上する82号線を20数キロばかり進んだ付近でフィヨルドの沿岸に向かって全長2.6kmの走っているのが809号線。この突き当たりにある小さな漁村。人口は130人余り。極々最近(2000年)に極北では珍しいあわびが発見され、北極あわびの養殖場が設立された。魚の塩漬けの生産・加工などこの小さな漁村はそのユニークな存在で知られる。

★アゥルスコゥグスサンドゥル Árskógssandur
 
アゥルスコゥグスストロンド海岸にある人口130人ばかりの漁村。ここからフリースエイ島へのフェリーが運航されている。 アークレイリからは82号線を北上し、フィヨルドに向かう808号線に入ればおよそ2kmで到着できる。

★ダルヴィーク  Dalvík
 エイヤフィヨルズゥル北西部、トロットルスカギ半島Tröllaskagiのスヴァルバザルダールル峡谷口に位置する港町。トロットルスカギ半島は1200 - 1400mの高い山間の長く深い峡谷になっていて自然美に富んだ一帯だ。夏場はハイキング、冬にはスキーなどウインタースポーツがエンジョイできる。

1998年6月、ダルヴィーク、スヴァルフダイラフレップル、アゥルスコゥグスストランダラフレップルの3つの町村が合併し、現在の正式な名称はダルヴィークルビッグズとなって、その総人口2,028人。 ダルヴィークそのものの人口は1,479人。漁業と海産物の加工業を中心に賑う、文化のレベルが際立って高い町で、たったの4家族しか住んでいなかった1901年には最初の演劇が催された。この小さな町から身長が2m34cmの大男”巨人のヨゥハン・ピェートゥルソン”そしてクリストハン・エルトヤルソンの2人の大統領を輩出している。この付近は1934年夏に起きた大地震でほとんどの家屋が崩壊し、甚大なる被害を被った。教会を中心に広がる美しい町 。ダルヴィーク港は結構大きく、漁港としてのみでは商業港としての役割を果たしている。ダルヴィークからは北極圏真下の島グリームスエイ島にフェリーが運航されている。

スヴァルヴァザダルール峡谷自然保護区(Svarfaðadalur Nature Reserve)は野鳥の宝庫として知られている。

 

★オゥラフスフィヨルズゥル  Ólafsfjörður
 トロットルスカーギ半島に突き出ている同じ名前のフィヨルドの西岸にある人口1,306人の町。19世紀になってから定住が始まり、天然の良港をもつ漁業が盛ん。1940年に教会の手により建立された、この国で最初に溺死した船員の記念碑がある。

ミッドナイトサン(真夜中の太陽)の絶好の観察スポットとしても知られている 。

★グレニヴィーク  Grenivík
 エイヤフィヨルズゥルの東岸の同じ名前の小湾にあり、1910年代に発展し始めた人口283人の漁村。1965年に新しい港湾が完成し、それを機に大きく発展した。

 


Revised:11/11/25